能楽「竹生島」


能面
能面


作り物
作り物


装束
装束


文掲載(現代語訳付き)
左側が原文、右側が現代語訳です。
下に注釈がついています。

場面一・都人、竹生島詣に出かける

ワキ・ワキツレ 「竹に生まるゝ鶯乃。竹に生まるゝ鶯乃竹生島詣急がん 臣下・従臣 鶯は竹の中で生まれるんだよ。名前からすると、竹の中で生まれるウグイスのお宿ってわけだ、竹生島は。そんな竹生島へお参りに早く行こうよ。
ワキ 「そもそもこれハ延喜の聖代に仕え奉る臣下なり。さても江州竹生島乃明神ハ。霊神にて御座候間。この度君に御暇を申し。ただ今竹生島に参詣仕り候 臣下 さて、私は延喜の聖代と英名高き醍醐天皇*1にお仕えしている者であります。はなはだ唐突ではありますが、近江の国の琵琶湖に浮かぶ竹生島、あそこに居られる弁才天様は、たいそう霊験あらたかなありがたい*2神様なんですよね。それで、お休みを頂きまして、こうして竹生島に行こうとしている、そういうわけなのです。
ワキ・ワキツレ 「四ノ宮や。河原の宮居末早き。河原の宮居末早き。名も走井の水乃月。曇らぬ御代に。逢坂乃關の宮居を伏拝み。山越え近き志賀乃里。鳰の浦にも。着きにけり鳰の浦にも着きにけり 臣下・従臣 ここは四ノ宮。四ノ宮河原にあるお宮さん(諸羽神社・京都府山科区)を通って、いざ近江へ。流れの速い四ノ宮川の上流の方へと遡っていって、山越え。 おや、これがあの走井(はしりい)*3として名高い湧き水(大津市大谷町)だね。この勢いよく流れ出る走井の水に月が映っているな。その月のように雲一つかからぬ清く正しい治世なのだぞ、醍醐天皇の御代は(えへん。お仕えしている我々といたしましても非常に鼻が高いのだ)。おぉ、逢坂の関だ。関宮*4の道祖神に道中の無事を祈っていこうか。湖西の方へと向かい、山越えの下の志賀の里に出たよ。鳰の浦、琵琶湖に着いたのだね。
ワキ 「急ぎ候程に。鳰の浦に着きて候。あれを見れば釣り舟乃来り候。暫く相待ち便船を乞はゞやと存じ候 臣下 急いだので*5、もう琵琶湖へと出ました。そら、琵琶湖のあちらを見てごらんよ。釣り舟が来たね。ちょっとここで待っていて、便船させてもらえるよう頼んでみよう。


*1 西暦にすると九〇一〜九二三年の間になりますね、醍醐さんの治世は。醍醐さんのお墓は京都市伏見区醍醐にあります。肝試しでよくお世話になりました。
*2 弁才天さんは仏教・神道で分けると仏教側のお方なんですけど、ご存知の通り、ほら、日本は神仏混淆と申しましょうか、ありがたいのならみんな好き、という感じで長らく生きてきましたので、表現がごちゃごちゃなのですな。でも、それでいいのだ。今のように分けたがる風潮になってからの方が歴史は浅いのだ。
*3 走井餅、食べてますか。
*4 醍醐さんの四男との噂のある蝉丸さんがいて、琵琶を弾いておったかもしれませんね。琵琶は弁天さんも得意ですしね。
*5 実際たったの一、二分。能は時空にとらわれないのですじゃ。ふはは。おそれいったか。


場面二・漁師の老人と海女の娘、登場

シテ 「面白や頃は弥生の半ばなれば。波もうらゝに海の面 漁翁 ええですなぁ。三月も中頃*1ともなりますと、波も気候もおだやかで。船が湖面を滑るようですやんか。
ツレ 「霞み渡れる朝ぼらけ 蜑女 霞がすーっと湖上に広がってて、ほんと、さわやかな朝やわぁ。
シテ 「長閑に通ふ舟の道   漁翁 のどかに船で行き来する湖上の道
シテ・ツレ 憂き業となき。心かな 漁翁・蜑女 辛い仕事だ、なんてことを忘れますなあ。
シテ 「これハこの浦里に住み馴れて。明暮運ぶ鱗類乃。 漁翁 さて、かく申す私、この琵琶湖のほとりに生を受けまして。以来数十年、まさにこの鳰の海と共に暮らして参りました。朝夕毎日、湖に住む魚たちを相手にですわ。
シテ・ツレ 数を盡くして身一つを。助けやせんと侘人の。暇も波間に。明け暮れて。世を渡こそ。もの憂けれ

「よしよし同じ業ながら世に越えたりなこの海乃

「名所多き数々に

名所多き数々に

裏山かけて眺むれば。志賀の都。花園昔ながらの山桜。真野の入り江の舟呼ばひ。いざ棹し寄せて言問はん。いざ棹し寄せて言問はん
漁翁・蜑女 ぎょうさんの魚を採って、どうにかこうにか自分一人の口を糊することができる、というような暮らしでしてな。そのためには日がな一日、湖に出ておらねばならんのです。そうして身過ぎ世過ぎをする、というのは、まぁ、なかなか大変なことではありますわな。

しかし、同じ漁を生業として暮らすといいましても、これほど恵まれた仕事場も他にありませんでしょう。そう、この琵琶湖ですわ。

何と申しましても、名所がたくさんありますし。そら、あの浦から山にかけてを御覧なさい。天智帝*2のその昔、都のあった志賀の里はあそこですのや。当時の帝たちの楽しんだ花園は今、桜が満開で。長等山のあたりですわ。都はもうすっかり跡形もなくなってしもうとるです。しかし、あの桜だけは昔のままで。おや、真野の浜で誰かが呼んでおるようです。何ですやろ。ちょっと行って聞いてみるとにしましょう。


*1 旧暦ですので、今の暦でいうと四月半ばくらいかしら。
*2 天智さんは西暦六六二〜六七一の間、天皇さんをしてました。大津は六六七〜六七二の間、都でした。期間は短くとも、都は都。五年でも、十年でも。


場面三・老人と娘、都人と出会う

ワキ 「いかにこれなる舟に便船申さうなう 臣下 ちょっと、もし。この舟に便船させてくれないか。
シテ 「これハ渡し船にてもなし。ご覧候へ釣り舟にて候よ 漁翁 いやぁ、乗せろと言われましても。これは渡し舟ではありませんので。御覧の通り、釣り舟ですのや。
ワキ 「此方も釣り舟と見て候へばこそ便船とは申せ。これハ竹生島に始めて参詣の者なり。誓いの船に乗るべきなり 臣下 我々も分かっているとも。だから、便船といったではないか。我々はね、竹生島にはじめて参詣しにきたのだ。ほら、仏様が衆生を舟に乗せて彼岸*1へ運んで下さるだろう? だからね、我々も舟で、あの聖地、竹生島に渡りたいんだよ。
シテ 「げにこの所ハ霊地にて。歩みを運び給ふ人を。とかく申さば御心にも違い。又ハ神慮も測りがたし 漁翁 ほんまに竹生島はありがたいところですし、せっかくお越し下さったのにあれこれ申してはあきませんな。信心なさっておられるのに。それに、神様のお心に背くことがあっちゃあなりません。
ツレ 「さらばお舟を参らせん 蜑女 じゃあ、お船にどうぞ。
ワキ 「嬉しやさてハ迎いの船。法乃力と覚えたり   臣下 いやぁ、よかった。やはり極楽浄土への舟、との見立ては間違っていなかったな。舟に乗る*2、これがまさに(のり)の力というわけだ。
シテ 「今日は殊さら長閑にて。心にかゝる風もなし 漁翁 今日はほんま長閑で、心配な風もありませんし。


*1 いわゆるあの世です。この世は此岸(しがん)といいます。
*2 「乗る(乗り)」と「(のり)」をかけているんですよ。シャレですな。


場面四・湖上の旅

「名こそ楽浪や志賀の浦にお立ちあるハ都人か傷はしや。お舟に召されて浦々を眺め給へや 地謡 名こそは楽浪(さざなみ)、小波といいますが、その波の立たない志賀の浦に立っておられるのは都のお人でしょうか。お気の毒に。この舟*1にお乗りなさい。そして、浦々の景色を御覧になるといいですよ。
「所ハ海の上。所ハ海の上。國ハ近江の江に近き。山々の春なれや花ハ宛ら白雪の。降るか残るか時知らぬ。山ハ都乃富士なれや。なほ冴えかへる春乃日に。比良の嶺颪吹くとても。沖漕ぐ舟ハよも盡きじ。旅の習ひの思はずも。雲居の外に見し人も。同じ舟に馴衣浦を隔てゝ行く程に。竹生島も見えたりや 地謡 ただ今、湖上に出ております。ここはうみの上です。国はもちろん近江ですね。江、すなわち琵琶湖に迫る山々を御覧下さいな。春ですものねぇ、今を盛りと咲く桜が、ほら、まるで白い雪のよう。降っているところなのかしら、それとも積もっているところなのかしら。ずっと雪を頂いていて、「季節を知らない*2」なんて言われる富士山みたいでしょ、この比良のお山も。都の富士、ってところですかね。
春とはいえ、寒さが戻って寒い日もあります。そんな日に比良の嶺颪が吹いたって、沖に出る舟が無くなるなんて事はありません。
旅の常ではありますけれど、思いがけなく遠く離れた都の、しかも身分の高い人と、こうして同じ舟に乗り合わせてお近づきになれました。
浦を離れて舟を進めていくと、ほら、竹生島が見えてきましたよ。
シテ 「緑樹影沈んで 漁翁 島を覆う緑の樹々が影を湖水に映しとりますなぁ。
「魚木に登る氣色あり。月海上に浮かんでハ兎も波を奔るか面白の島の景色や 地謡 魚たちが樹々の影を縫って泳いでいます。まるで木に登っているかのようではないですか。月が湖面に映るときは、月に住むウサギも波間を駆けていくのでしょう。*3ほんとにいいですね、竹生島の素敵な景色は。


*1 こうしてジィはみごとナンパに成功してまんまと舟にお客を乗せたのでありました。しめしめ……って感じにも思えませんですかね、ここのところだけ読んでたら。
*2 言ったのは在原業平さんです。「時知らぬ山は富士の嶺いつとてか鹿の子まだらに雪の降るらむ」
*3 この詞章が、前場のヤマともいうべきところなのですが、このお魚とウサギの竹生島は、昔から皆のお気に入りだったみたいですよ。
「緑樹影沈魚上木/清波月落兎奔波/霊灯霊地無今古/不断神風済度舟」建長寺の自休蔵主さん。
「緑樹影沈魚上木/月浮海上兎奔波」弘法大師さん。
「緑樹影沈んでは金鱗枝頭に上り、桂輪浪に落ちて玉兎湖上に走る」三国伝説より。
「緑樹影沈んでは、魚も梢にのぼり、月海上に浮かんでは、兎も浪を走れり」乱曲島廻より。
誰が一番最初に考えたんだろう。すてきな表現ですよね、うぉー。


場面五・竹生島到着

シテ 「舟が着いて候御上り候へ 漁翁 着きましたで。さあ、お上がんなさい。
ワキ 「あら嬉しや軈て神前へ参り候べし 臣下 おお、さっそく弁才天さまのところへお参りに行こう。
シテ 「この尉が御道しるべ申さうずるにて候。

これこそ弁才天にて候へよくよく御祈念候へ
漁翁 このじぃが案内して差し上げますわな。

こちらが弁才天さまでございます。よくよくおがんで下さいよ。
ワキ 「承り及びたるよりも弥増さりてありがたう候。不思議やなこの島ハ。女人禁制とこそ承りて候に。あれなる女人ハ何とて参られて候ぞ 臣下 聞いていたよりずっと立派ですね。あれ、おかしいな。この島は女人禁制だと聞いていたのに彼女はなぜ入ってきているんです?
シテ 「それハ知らぬ人の申し事にて候。忝なくもこの島ハ。九生如来の御再誕なれば。殊に女人こそ参るべけれ   漁翁 それは御存知ないからそのようなことをおっしゃるんですわ。ありがたいことにこの島の弁才天さまはですな、九生如来の生まれ変わりでいらっしゃるわけでして。だから、特に女性こそお参りすべきだと申せますのや。
ツレ   「なうそれまでもなきものを 蜑女 なぁ、そんな難しいこと言わんでもええやんか。


*1 九生如来さんとは、阿弥陀さんのこと。阿弥陀さんは皆の衆に大人気を博しておる「ホテル・弥陀浄土」のオーナーとして有名ですね。その死んだ者のみ入室を許されたホテルには九段階のランクがありましてね。上品・中品・下品の大まかなランクがまたそれぞれ上生・中生・下生に分かれているのです。つまり、上品上生から下品下生までの九段階ね。で、これは生前の行いに応じてどのお部屋に入れてもらえるかが決まっちゃうのだ。お迎えに来てくれるときに、サインでそれを示しながら来てくれるんだけどね。こういうシステムのことを「九品浄土」っていいます。で、それを九生とも言ってたかもしれないなー、ってのが九生如来のさんを阿弥陀さんだとする際の説の一つ。実は、この九生如来さんという名前は仏関係の資料には一切載ってないのであります。この謡曲『竹生島』だけにしか見られない名前でして。それに、昔はこの歌詞は漢字だったのが読み(カタカナ)に書き換えられて伝えられて、そのカタカナに「九生」と漢字を当てたのは後世の人の考えなのね。他の流派(私達が教わっているのは観世流です。その他、四つの流派があります。)には違う読みで伝わってたりもするし。だから漢字も違うんだけど。他に大日如来さんだとする説もあるのね。でもあたしは阿弥陀さんだと思うんだけどさ。というわけで、分からないっちゃあ分からないんだけども、阿弥陀さんとすると後の話の展開に無理がないからそこからこじつけて……って考えてると、それこそ海女のおねえちゃんに「そんなややこしいこと、言わんでよろし!」って叱られそうだな。……って、私のいわんとすること、わかります?


場面六・正体をほのめかして消える二人

「辨才天ハ女體にて。辨才天ハ女體にて。その神徳もあらたなる。天女と現じおはしませば。女人とて隔てなしたゞ知らぬ人の言葉なり

「かゝる悲願を起して。正覺年久し獅子通王の古より利生更に怠らず  
地謡 弁才天は女性のお姿をしていらっしゃいます。弁天さんは女性のお姿をしておられます。神徳あらたかな天女さんとして我々の前に現れて下さってるんですから、女性を分け隔てするはずがないのです。そんなことは知らないから言うんですよ。

女性も成仏させてあげようという決意*1をした弁天さん。このような正しい悟りを得なさったのはもう随分昔、獅子通王さんの頃からのことで、それ以来、御利益が薄れるなどということもないのです。
シテ 「げにげにかほど疑ひも 漁翁 ほんとに、確かな疑いのないことなんですわ。
「荒磯島の松蔭を便に寄する海士小舟。我ハ人間にあらずとて。社壇乃。扉を押し開き。御殿に入らせ給ひければ。翁も水中に。入るかと見しが白波乃立ち歸り我はこの海乃。主ぞと言ひすてゝまた。波に入らせ給ひけり 地謡 疑いのない荒磯島こと竹生島。その松の木陰には弁天さんを慕って漕ぎ着いた釣り舟が。「あたし、人間と違うねん」と言い残し、社壇の扉を開けてお姉ちゃんは御殿に入っていきました。そしたらおじいちゃんも湖水に入り、また白波を立てつつ現れて「わしはこの琵琶湖の主ですのや」と都の人に言って、今度は湖中深く消えたのでした。


*1 阿弥陀如来さんは、四十八の誓いをたてました。その三十五番目に、それまでは不浄ゆえ成仏できないとされていた女性をも、必ず成仏させるぞ、というものがあるのです。いやぁ、いい人だ。


場面七・お宝、そして神秘の業

アイ 「かやうに候者は。竹生島の天女に仕え申す神職の者にて候。さても当島と申すは。人皇十二代景行天皇の御宇に、竹一夜のうちに金輪際より湧出したる島なり。さるによって竹生まるる島と書いて竹生島と申し候。さて又天女の御事は。現世安穏福徳円満に護り給ふにより。国々在々所々よりも信仰致し。参り下向の人々は夥しき御事にて候。また唯今当今に仕へ御申しある臣下殿。当島へ御参詣にて候間。御礼の為に出て候。急いで御礼申さう。

御礼申し候。
これは当島の天女に仕え申す神職の者にて候。御礼の為出でて候。さて初めて御参詣の御方は。宝物を御拝み候が。その御望みはなく候か
社人 私は、竹生島の弁天さまにお仕えしておる者でございます。さて、この竹生島は、第十二代の景行天皇*1の時代のこと、竹が一節伸びる一晩の間に、金輪際*2からわいて出来た島でございます。それで、「竹生まれる島」と書いて竹生島、というのです。さて、こちらの弁天さまは、この世が平和で福徳が満ちるよう、我々を護って下さっておられます。遠方のお人も信仰しておられます。お参りに来られる方の数は、たいそう多うございます。また、今、当今に仕えておられる方が竹生島に参詣なさっておられますので、お礼を言いに参った次第です。急いで御礼申し上げるとしましょう。御礼申し上げます。私は、弁天さまにお仕えする者でございます。御礼のために参上いたしました。さて、初めて御参拝なさった方は、御宝物を御覧になるのですが、どうなさいますか。
ワキ 「げにげに承り及びたる御宝物にて候。拝ませて給はり候へ   臣下 噂に聞いている御宝物ですね。拝ませて下さい。
アイ 「畏まって候。さらばやがて御蔵を開き申さう。

 これは即ち御蔵の鍵にて候。これは天女の朝夕御看経ある数珠にて候。よくよく御拝み候へ。方々も御拝み候へ。これは二股の竹。当島第一の宝にて候。御覧候へこれは火も水も取る玉にて候。よくよく御覧候へ

 さて御宝物はこれまでにて候。さて又当島の神秘に岩飛びと申す事の候。この岩飛びを致さうか。なんと御座あらうずるにて候
社人 わかりました。それならばすぐに御蔵を開きましょう。

これは、御蔵の鍵*3でございます。これは弁天さまが朝夕お経をお唱えになられるときにお使いになる数珠でございます。よく御覧下さい。あなたも御覧下さい。これは二股の竹です。この島一番の宝でございます。これは火も水も取る玉でございますよ。よくよく御覧になって下さい。

さて、御宝物はこれでおしまいです。それから、この島の神秘の業で、岩飛び、というものがございますが、この岩飛びを致しましょうか。御覧になりますか。
ワキ 「さあらば岩飛び飛んで見せられ候へ 社人 それならば、岩飛びをして見せて下さい。
アイ 「畏まって候

『いでいで岩飛び初めんとて。いでいで岩飛び初めんとて。岩尾の上に走り上り。東を見れば日輪月輪照り輝いて。西を見れば入日を招き。あぶなさうな岩尾の上より。あぶなさうな岩尾の上より。水底にずんぶと入りにけり。ああくさめくさめ
社人 わかりました。

「いざ、岩飛びを始めようと、岩尾の上に駆け上がって。東を見れば太陽と月が光り輝いている。西を見れば日が沈もうとしている。見るからに危険な岩尾の上から、湖水にズンブと入った。ハ、ハァ、ハックショイ!


*1 景行さんは日本武尊のお父さんです。
*2 仏教界では、世界は水に浮いてることになってるんですが、この竹生島だけは、ふかーいふかーいところから生えてるって事です。
*3 このお宝たち、ほんとに竹生島にあるんですよ。そのほか、経正くん使用の琵琶の撥もあります。ファン垂涎の品ですな。


場面八・弁才天、登場

「御殿頻りに鳴動して。日月光り輝きて。山乃端出づる如くにて。現れ給ふぞかたじけなき 地謡 御殿が揺れ動き、音を立てる。ガタガタガタ。太陽か月がまばゆい光を放ちながら山の端に顔を出すかのように、きらめく光を背に弁才天が現れなさいました。何とありがたいことでしょう。
後ツレ 「そもそもこれハ。この島に住んで神を敬ひ国を守る。辨財天とハ。我が事なり 弁天 ちょいと、お聞き! この竹生島に住んで、神さまを敬って国を守ってるっていう弁才天。御存知でしょ?その弁才天ってね、私のことなのよ!
「その時虚空に音楽聞え。その時虚空に音楽聞え。花降り下る。春の夜乃。月にかゝやく乙女の袂。返すがえすも。おもしろや

「夜遊の舞楽も時すぎて。夜遊の舞楽も時すぎて。月澄み渡る。海面に。波風頻りに鳴動して。下界の龍神現れたり
地謡 そのとき、何もないはずの空から音楽が聞こえだしました*1。虚空に鳴り響く妙なる調べ。花弁も降りしきります。春の夜のおぼろに輝く月の光を受けてきらめく天女の衣。袂をひるがえして舞う様は、かえすがえすもウットリとさせられますね。

あまりの見事さに時の経つのも忘れた夜空での天女の舞。ふと気がついてみると月が清かに映る湖面が波立ってきましたよ。波は次第に激しさを増し、湖中より龍神が現れました。


*1 音楽が鳴り響き、花びらが降ってくるっていうのは、まぁ、神さまや天女さんが現れるときの決まりのようなものですな。なんか、かっこいいでしょ。あとね、いい匂いもしてたと思うよ。


場面九・龍神登場

「龍神湖上に出現して。龍神湖上に出現して。光も輝く金銀珠玉をかの客人に。捧ぐる氣色。ありがたかりける。奇特かな 地謡 龍神が湖上に現れ出ました。龍神は光り輝く宝珠*1を都の人に捧げています。何とありがたいことでしょう。このような素晴らしいことはなかなか無いことですよ。
後シテ 「元より衆生。済度の誓ひ   龍神 元々、衆生を救おうという誓いは
「元より衆生済度の誓ひ。様々なれば。或ハ天女の形を現じ。有縁の衆生の諸願を叶へ。又ハ下界の龍神となつて。国土を鎮め。誓ひを顕し。天女ハ宮中に入らせ給へば。龍神ハ乃ち湖水に飛行して。波を蹴立て。水を覆して天地にむらがる大蛇の形。天地に群がる大蛇の形ハ。龍宮に飛んでぞ。入りにける。 地謡 誓いは様々なのです。ある時は天女の姿をとって現れ、縁を結んだ信仰厚い衆生の願いをかなえます。またある時は湖中に住まう龍神ともなりまして。国土を守り、誓いを実現していくのです。
天女は宮中にお入りになられました。すると龍神は湖面を飛び行きます。水を飛び散らせ、波をたてて。天地を覆い尽くすかのような長大な蛇の如き姿を現した龍神は竜宮に飛んで入っていきましたとさ。


*1 弁天さんが持っている宝物の一つです。何でも欲しいものが出せるって噂です。いいな。