熊坂
  前シテ:僧  後シテ:熊坂長範   ワキ:旅僧


  憂き世と思い世を捨てたこの身とて行方が定まるわけではない……
  京の都の僧がまだ見ぬ東国へと、中仙道を通って旅立ちます。

  京都から逢坂山を越えて近江(滋賀県)へ。粟津の森を横に見ながら瀬田の長橋を渡るとそこには琵琶湖が大きく開けています。ひとまずは野路宿で宿泊。そして朝露にぬれる篠原を急ぎ、蒲生野をこえて美濃(岐阜県)へ入ります。関ヶ原を過ぎると青野ヶ原です。「青」といいながらこの先の赤坂宿の名のように木々が赤く色づいています。日も暮れる頃、そんな秋の青野ヶ原へ着きました。

「もし、そこのお坊様。お話があるのですが」

  青野ヶ原へ着いたばかりの旅の僧に声をかけてくる人があります。姿を見ると、その人も僧のようです。そして、旅の僧に今日はある人の命日だから弔ってほしい、と頼みます。

  僧ならば、なぜ自分で弔わないのでしょう? そう思ってみると、なにやら訳の有りそうな怪しい雰囲気の人です。旅の僧は気に留めない様子で快く引き受け、弔う人の名を尋ねます。しかし青野ヶ原の僧は名を教えようとしません。名を教えなくとも回向は可能でしょう、と言うのです。

  回向の対象は草木国土にいたるまでその仏の慈悲から洩れるものはありません。ならば、その主を思わなくとも、回向を受けて浮かばれる魂があればそれこそその主である、と、青野ヶ原の僧は理屈をこねるのです。人に言いづらい訳でもあるのでしょうか。

  旅の僧は、青野ヶ原の僧の庵室で泊めてもらうことになりました。そして、経をあげようと持仏堂へ入って驚きました。そこには仏画も仏像もありません。そのかわりに、壁にかかるは大長刀。柱杖ならぬ鉄の金棒。そのほかにも所狭しと武具・兵具の類がひしめいているのです。

  驚く旅の僧に、青野ヶ原の僧は理由を話し始めます。

  この辺りは丈高い草や森に山賊夜盗の類が身を潜めており、荷駄はもちろん、衣類や持ち物を剥ぎ取られて泣く人が後を絶ちません。悲鳴を聞きましたら長刀片手に飛び出し、事なきをえたこともあります。里の者から頼りにされ、喜ばれるならば、と思って置いているのです。

  僧には似合わぬ腕自慢をおかしくお思いでしょう。しかし、仏も煩悩を切り捨てる阿弥陀如来の称名を利剣に喩え、愛染明王は方便のため弓に矢をつがえ、多聞天は矛をもって諸悪を払っているではありませんか。

  人を助けたいと思うのは執着ゆえの煩悩なのかもしれません。しかし、提婆達多の五逆より罪は軽いでしょうし、また仏が方便としてなさる殺生は菩薩のどんな修行にも勝るとか。僧でありながら武器を持ち、時に応じて使うことを厭わないのは確かに浅ましいことではあります。しかしそれとて、地元の人の身を案じての所業、仏の方便としての殺生と同じとまでは申さぬまでも許されるのではないかと。

  ……このような夜語りをしておりましたら夜も明けてしまいましょう、どうぞお休み下さい、私も休みますので……と、青野ヶ原の僧は寝室へ入ったかのように見えたのですが、そこで姿が消えてしまいました。
そして同時に、旅の僧は庵室に居たはずなのに、自分が青野ヶ原の草むらで夜を明かしていたことに気付くのです。


  呆然としている旅の僧。そこへ、里の人が通りかかります。旅の僧は、気にかかる事を尋ねます。

「この辺りで昔、悪行をなして死んだものがおりますか」
「それは熊坂長範でございますな。」

  里の人は僧に請われるままに長範のことを語り始めます。若い頃、蔵の鍵型を土で取って合鍵を作り、まんまと盗みおおせた話。そして、金売り吉次一行を襲って牛若丸にやられ、赤坂の草葉の露と消えた話を。
  悪行の報いとはいえ、だれも弔ってくれる者もおらず辛いのではないか、ぜひ弔ってあげてください、と言って里の人は立ち去ります。


  秋風が身にしみてとても眠れそうもない、と旅の僧は松の下で経を唱えます。
  そこへ、頭巾をかぶり長刀を携えた人が現れました。その様、容貌魁偉。

「東南に風が起こり、西北の雲は静まらない。
  何かが起こりそうな気配の夜の闇。激しい風に木々がざわめいている。
  有明方だ、もうじき白みはじめるだろう。
  月の昇る頃合だが出ても細いから心配はいらない。
  攻め込め、と指令を出して左右に心を配り、人の財宝を奪う悪党。
  娑婆に執心が残ってこれ、この通り。ああ、情けない……」

「熊坂長範殿か」
  旅の僧は、この赤坂宿での最期の有様を話してくれるように頼みます。

「あれは、そう、三条吉次信高という黄金を商う商人がいたのだ。毎年、馬数匹に荷駄をつけ、奥州へ下っていっていた。そいつを襲おうと仲間たちと計画を立てたのだ」
  長範は、最期の夜の有様を動きを交えながら話し始めます。

  河内の覚紹、磨針太郎兄弟。三條の衛門、壬生の小猿。浅生の松若、三国の九郎。そのほか、長範の出身地・加賀からも屈強の手錬が70人ほど。これら盗賊仲間が吉次一行の通る道々を見張り、この赤坂で宿をとることが分かりました。

  吉次一行は宵のうちからの宴会に疲れてか、夜更けにはぐっすり眠っていました。しかし、その中に16、7歳の少年がいたのです。鋭い眼差しで、障子の隙間や物陰のちょっとした音にも眠らず気を配っている様子。その少年が牛若丸でした。そんなこととは夢にも思わぬ熊坂長範一党。命運はもう疾うに尽きていたのです。

  長範が合図すると、皆我先にと松明を投げ込んで乱入しました。しかし、牛若丸は恐れ気もなく小太刀を抜いて立ち向かってきます。その獅子奮迅の勢いは目覚しく、長範一党はあっという間に切り伏せられました。

  この神業に、盗人稼業も命あっての物種、と長刀を引きずり退散し始めた長範。しかし、強いといえど所詮人間、自分の腕前で何とかできないこともあるまい、と思い返します。俺の秘術を振るえば叶わないわけがない、あいつに討たれた仲間の供養のためにも、と。

  しかしこの牛若の身の軽さは尋常ではありませんでした。振り下ろし突く長刀を右に左に自在にかわし、長刀の刃の上に飛び乗りさえするのです。その俊敏さに姿を見失うと、その隙に具足の隙間を斬り込まれる有様です。

  長刀では叶わないと見極めた長範。手捕りにしてくれんと長刀を投げ捨て、手を大きく広げて牛若を追い詰めようとしました。しかし、陽炎や稲光をとらえられないのと同様、水に映る月のように、姿は見えるのにつかまえられないのです。時間が経つにつれ長範の負う傷は増える一方。とうとう、この松の下で力尽きたのでした。

……このように前世のことをお話いたしました。
  どうか、後世を助けてください、と長範が言ううちに鶏が鳴いて夜が白々と明け、いつしか長範は赤坂の松影に隠れて消えてしまったのでした。

<R.M>