<第五回・八月>
「松の声。柳葉を払って月も涼しく星も相逢ふ空なれや。」
                               『天鼓(てんこ)



  暑い日が続きますね。夏ですものね。そんな時は、涼しさを楽しむように心掛けたいものです。冷房を効かせた部屋に篭っているより、爽やかな風を求めておもてへ出ませんか。暑気が去った夏の夜空を眺めませんか。

  今回の『天鼓』は中国のお話です。
  ある夜、お母さんは夢を見ました。天から鼓が降ってきて、お腹の中に入る夢です。そしてほどなく、お母さんは赤ちゃんを産みました。赤ちゃんは“天鼓”と名付けられました。赤ちゃんが生まれるとすぐに、今度は本当に天から鼓が降ってきました。天鼓は天鼓くんが打つと、それはそれはいい音がなりました。天鼓くんと不思議な天鼓の噂はまたたく間に国中に広がり、皇帝の耳にも届きました。皇帝は鼓を召しだすよう命じました。けれども天鼓くんは天鼓を手放したくありません。勅命に背く行為ではありますが、天鼓を持って山深くに隠れました。しかし、皇帝の追及の手は厳しく、ついに天鼓は取りあげられ、天鼓くんは川に沈めて殺されました。こうして権力を傘に天鼓を手に入れた皇帝でしたが、それ以来、誰がどんなに叩いても天鼓は鳴らなくなってしまったのでした。
  皇帝から命をうけ、家臣が天鼓くんのお父さんを訪ねます。血縁のものなら音が鳴らすことができるかもしれないと。誰が叩いてもならないものをこのような老人が鳴らせるはずはない、さては勅に背いた者の親として自分をも罰しようというのだな、そうお父さんは思います。けれど、天鼓くんを殺した皇帝を一目見られるのなら、と皇帝のもとへ行きます。
  果たして、お父さんが打つと天鼓は鳴りました。お父さんは泣き崩れます。皇帝は自分の非を悔い、天鼓くんを沈めた呂水のほとりに天鼓を据え置いて天鼓くんを管弦講で弔うことにしました。天鼓くんの大好きな音楽で霊を慰めるのです。
  夜になり音楽が鳴り響く中、川のおもてに誰かが現れました。天鼓くんです。弔いのおかげで浮かび出ることが出来たのです。天鼓くんはうれしそうに天鼓を打ち、音楽に合わせて謡い、舞います。空には星たちが輝いています。あたりを吹き行く風も楽しそうです。

「松の声。柳葉を払って月も涼しく星も相逢ふ空なれや。」

  松を撫でて松葉の音をたてさせる風は、今度は柳の木のところへ行って、葉をサラサラと揺すってるよ。夜とはいっても夏だからまだちょっぴり暑いね、でも、だからこそ夜空に輝く月は涼しさを感じさせてくれて素敵だね。ああ、牽牛星と織女星がめぐり逢うのって、きっと、こんな空なんだ。

  天鼓くんはそういって星と音楽とに囲まれて川の水の上で鼓を打ち、舞います。皇帝に殺されたことを恨みに思っている様子もなく、ただただ、楽しそうに。そして、夜明けを告げる鐘の音と共に帰っていきます。おそらく、天へと帰っていったのでしょう。そして今は、天の川のほとりで鼓を打って楽しんでいるに違いありません。

  夏の夜のきらめく星空と流れゆく川の水、木々を吹きすぎる風。そして、そこで音楽と鼓を愛する少年が音楽にあわせて舞い、謡い、鼓を打つ。清々しいですね。情景を思い浮かべただけで心持が涼しくなってきます。星空と川と風、どれも季節を問わず存在しています。けれど、この情景のうれしさは夏だからこその味わいではないでしょうか。

  牽牛と織女といえばもちろん七夕です。七夕は七月なのになぜ<八月の謡>に選んだのか、とお思いでしょうね。それは、旧暦の七月七日は、今年(2002年)ですと八月十五日にあたるからです。毎年七夕の夜は梅雨の時期と重なるためなかなか天の川を見ることが出来ませんね。けれど、旧暦で過ごしていた昔は、この夏の夜空を見て牽牛と織女の物語を想っていたのです。毎年天の川が見られないとお嘆きのあなた、今年は八月にこそ星空を眺めてください。天鼓くんが鼓を打ちながら眺めた天の川はきっと見えます。牽牛星と織女星も。そして、その天の川のほとりにはきっと天鼓を打つ天鼓くんもいるのでしょうね。

<R.M>

『天鼓』原稿:第三回淡海能・番外仕舞/第三回あやめ会・仕舞/第五回あやめ会・仕舞/第六回淡海能・舞囃子/第六回淡海能・お能でウフフ