<第四回・七月>
「鷺の居る。池の汀は松ふりて。池の汀は松ふりて」
                              『(さぎ)



  六月の蛍にひきつづき、七月も水辺の生き物です。今回は『鷺』からです。
主人公はもちろん、鷺です。暑くなってきて水辺が恋しくなるのは人間だけではありません。鷺も水辺にやってきます。

  天皇が夕涼みに出たところ、鷺が池の水際に現れます。天皇は洲崎であそぶその鷺の姿をめで、家臣につかまえてくるように命じます。命を受けた家臣は鷺を捉えようとしますが鷺はもちろん飛んで逃げます。ところが追いかけつつ家臣が「勅諚であるぞ」といったところ、鷺はおとなしく舞い戻ってきて家臣に捕えられたのでした。天皇は鷺のその心栄えを誉め、五位の位を与えました。鷺は並み居る人々に清らかな舞を見せます。そして天皇が鷺を放ってやると、嬉しげに空へと帰っていきました…というお話です。

  初夏になると、琵琶湖にそそぐ川の河口や田んぼに白い鷺の姿がたくさん見られます。水辺で遊んでいるものもいれば川辺に生い茂る緑の木々にじっと止まるものもいます。緑に映える白い鷺の凛とした姿は涼しさを感じさせます。その、清らかで汚れない姿をあらわしているのがこのお話です。シテはもちろん鷺の精。白一色の装束を身にまとい、白い鬘、白い鷺の天冠を頭上にいただいた姿です。面はつけません。この役は十五歳以下の少年か、六十歳以上の老人にしか許されておりません。そのことが、人が鷺に抱いている“清々しきもの”との思いを物語っています。近頃の六十歳といえばまだまだ壮健な方が多いので今の感覚でいうと七十歳以上ぐらいが想定されていたのではないでしょうか。

  この話に出てくる鷺は、天皇に五位の位を与えられた、という逸話でわかるとおりゴイサギがモデルです。しかしゴイサギは白一色ではありません。顔と喉、お腹は白ですが頭頂から背中、尾にかけての部分と翼が紺色になっています。一般に「サギ」と聞いて思い浮かべるコサギなどに比べると幾分ずんぐりしています。しかし、目は赤く、首の後ろには2本の細い冠羽(飾り羽)が伸びていてなんとも粋な姿ではあります。逸話はゴイサギからとったけれども姿はコサギなどのいわゆるシラサギをイメージしているのでしょう。

  大学の脇を流れる川に白いサギがたくさん遊びにきているのでその姿を写真に納めようと出かけましたが、サギたちはとても敏感で少しも近寄らせてくれようとはしませんでした。人のわずかな気配を察知するやいなやすぐさま飛んで逃げてしまうのです。望遠のきくカメラでないとその姿はおさめられないようです。ゴイサギもいると思われるのですが、夜行性で夕暮れ時に活動をはじめるためにその姿はなかなか見かけられません。私から逃げていったコサギたちに輪をかけて恥ずかしがり屋さんだといえるかもしれません。そんなゴイサギが「勅諚であるぞ」との呼びかけに応えて舞い戻ってきたのですから、天皇も位を与えるほど感心するわけですね。そんな人見知りをする鷺がそれでもそっと降りてきて舞い遊んでくれた嬉しさ、そしてまたその汚れなき純白の姿そのものを堪能する清涼感あふれるお話、それが『鷺』なのです。

<R.M>