■第八回 湖風祭公演■


平成十四年十一月十日(日)正午始
 於 滋賀県立大学 国際交流センター

   お能でポン☆

 仕舞 高砂     
     清経キリ   
     松風     
     班女クセ   

 連吟 竹生島     

 仕舞 嵐山     
     経正クセ   
     杜若キリ   
     大江山   

 連吟 吉野天人    

 仕舞 土蜘蛛  

 附祝言
 終了予定 午後一時頃

      主催 滋賀県立大学能楽部
           指導  深野新次郎
深野 貴彦



仕舞・高砂


  九州阿蘇の宮の神主が住吉神社へ行く途中に高砂の浦へ立ち寄ると、神木である松の木を掃き清める老夫婦に出会います。老人は、この高砂の松は住吉の松と夫婦の松で、天下泰平の象徴だと教えます。そして自分たちこそはその松の精だと明かし、先に住吉で待つと言い残し小船で沖へ出ていきます。
  神主が船に乗って住吉へ行くと、住吉の明神が現れて壮快な舞を舞い、天下泰平を祝福しました。(舞うのはここ!)
  結婚式などでよく謡われるおめでたい謡なので、名前だけでも知っている人は多いのではないでしょうか? 夫婦円満・天下泰平。いや、本当にめでたいですね。

<八期生 Y.K>



仕舞・清経キリ


  このお話は平家物語に登場する平清経という武将のお話です。清経は一門の衰運を感じて入水自殺してしまいました。そこで家臣が遺品を持って清経の妻の元を訪れました。しかし妻は、自分との再会の約束を破り、その上一門の果てを見ずに独りだけ身を捨てるとは、と夫を怨み遺品を受け取りませんでした。すると亡霊となった清経が妻の前に現れ、遺品を受け取らなかったことを責めます。そして死を決意するに至った事情、その最期の有り様を語って聞かせました。それに対して妻が恨み言を言うと、続いてその後の修羅道(あの世)での自分の苦しい戦いを話して聞かせました。仕舞はこの修羅道での出来事を語る場面です。清経は最期に「自殺をする前に念仏を唱えていたおかげで今は成仏できましたよ。心配しなくても大丈夫ですよ。よかった、よかった。」と言い、妻も許してあげるのでした。この夫婦の光景、なんだか現代にも通ずるものがありますね。

<八期生 A.S>



仕舞・松風


  ある僧が須磨の浦でいかにもいわくありげな松を見つけました。里人に尋ねると、それは在原行平中納言が須磨に流されていた時に愛した松風・村雨姉妹の墓標の松であると教え、弔うことを勧めました。そうして僧が弔ううちに日も暮れてきたので、宿になるところを見つけて立ち寄りました。するとそこへ二人の女が現れます。僧はその女たちに自分が見た松のことを話し、行平の和歌を口ずさんでみせました。すると二人の女は涙を流し始めました。実はこの二人は松風・村雨姉妹の幽霊だったのです。
  仕舞は、松風が行平を懐かしみ狂乱する場面です。磯辺の松を行平と見て寄り添ってみたりとなかなかかわいいことをして見せます。しかしこの時代の女性というのは、愛する人のことでどうしてすぐに狂乱してしまうのでしょうか。おそらく現代の女性ほどあらゆる面で強くはなかったのでしょうね。しかし同時に二人の女性、しかも姉妹を愛してしまうなんて、行平も罪深い男です。

<八期生 A.S>



仕舞・班女クセ


  「男と女」の問題はと言うと、いつの時代も“永遠のテーマ”であるようです。このお話もそんな男と女のお話です。
  遊女であった花子(はなご)はある日吉田少将と契りを結びました。二人はまた会うことを約束して、お互いの扇を交換して別れました。しかし少将は再会の日がやって来てもなかなか現れません。すると花子は少将のことで頭がいっぱいになり、毎日をボーっと物思いにふけって過ごしてしまいます。恋する乙女というのはそういうものなのです。そのうちに思いはますます強くなりとうとう物狂となってしまうのでした。
  仕舞は、この花子が少将を思い途方にくれる場面です。愛する男を想いつつ、せめて形見の扇に触れていよう、と相手に想ってもらえない自分をさびしく思い続けるのです。男と女。時が何百年経とうともなかなか簡単にはいかない問題のようです。
  ところでこのお話の気になる結末はと言いますと、花子と吉田少将は無事再会することができるのでした。

<八期生 A.S>



連吟・竹生島


  ある朝臣が竹生島参拝をするために琵琶湖畔へ行き、若い女と翁が乗る舟に同乗させてもらいます。さて島に着きました。朝臣が島にあがると女も来るので、女人禁制では、と不審がると、翁はこの島に祭っているのは女体である弁才天なので問題ないと教えます。そして島の由来を語った後、自分たちの正体が実は人間ではないと告げ、女は社殿へ、翁は湖の中へと消えて行きました。
  その後、社殿がゆるぎ、弁才天が現れ舞を披露します。更に湖上には龍神が現れ金銀宝玉を朝臣に渡すと、国土の安全を約束し湖へと帰って行きました。
  今回は舟に乗り、湖上の春景色を楽しんでいる場面を謡います。今は秋ですが、琵琶湖の上から見た春景色の美しさを想像してみてくださいね。

<八期生 Y.K>



仕舞・嵐山


  吉野山は古来桜の名所である。しかし、京の都からは遠く、天皇はなかなか行幸できない。そこで吉野を偲んで嵐山に吉野の桜を移植したのだという。その嵐山での話。
  時の天皇に使える臣下が勅命を受けて嵐山の桜の様子を見に行った。そこに嵐山の花守夫婦が現れる。実はこの二人は吉野山からやって来た勝手明神と木守明神であった。二神は舞楽を奏でる。続いて、吉野山を守る神である蔵王権現が現れ、国土の守護と煩悩に迷い苦しむ人々を救う誓いをたて、去って行った。

<八期生 M.I>



仕舞・経正クセ


 仁和寺の僧都行慶は、守覚法親王の命により、平経正の霊を弔うため、かつて経正が法親王から拝領した琵琶を仏前に供えて管弦講を催す。すると経正の霊が幻の如く現れた。しかし声ばかりで姿は見えない。しばらく話していると、経正は懐かしげに琵琶を手に取り奏で、夜遊の舞を舞う。
 しかしそれまで穏やかであった経正に、突然修羅の苦しみが襲いかかる。経正は苦しむその姿を恥じ、人々に見られぬようにと灯火を吹き消すと、その魂は嵐と共に闇へ消え去っていった。
 謡の箇所は、管弦にあわせて経正が夜遊の舞を舞う場面。秋の空に鳴り響くその音色は、鳳凰も声を発するほど。すごいね。

<八期生 Y.K>



仕舞・杜若キリ


 都の僧が旧所名跡を訪ねて三河国(現在の愛知県東部)・八橋に来ました。ここは『伊勢物語』にも登場する杜若の名所です。『伊勢物語』の主人公は在原業平だといわれてますね。
 そこに一人の女性が現れます。実は彼女は杜若の精でした。彼女は『伊勢物語』にでてくる数々の恋物語を語ります。また、業平は歌舞の菩薩の生まれ変わりであったので、歌の功徳で植物である自分も含めて、全てのものが成仏できるのだと言うと爽やかに舞い、消えて行きました。

<八期生 M.I>



仕舞・大江山


  ある日、大江山の酒呑童子の元に道に迷った山伏一行がおとずれました。童子は彼らを一晩泊めてあげることにしました。しかし、山伏たちの正体は酒呑童子退治を命じられた源頼光以下大勢だったのです。
  そうとは知らない童子は酒や魚をふるまい、もてなします。自分も呑んで、酔っ払って真っ赤っか。足元もふらふらになって、寝室に入り、寝てしまいます。そこを頼光たちに襲われ、反撃するもあえなく討ち取られてしまいます。
  鬼とは言え、あっさりと頼光たちを信じて殺されてしまう酒呑童子に同情してしまいますね。

<八期生 M.I>



連吟・吉野天人


  都に住んでいる花見好きの男が、ある日吉野の桜を見に行きました。吉野の山へ分け入っていくと里女が現れました。女は花が友達だといい、都の男と花の下で語らいます。(←ここ謡います)が、なかなか帰ろうとしないのでおかしく思っていると、女は花に惹かれてきた天人だと明かします。そして今夜、ここに旅寝をするのならば古の五節の舞を披露しようと言い、姿を消しました。
  その夜、美しい音楽と共に天人が現れ舞を披露します。そして花の雲に乗ってどこかへ去って行くのでした。
  花の美しさは見知らぬ人々の心をも通わせてくれるものなのですね。帰ることすらも忘れてしまうような見事な桜。私も是非見てみたいです。

<八期生 Y.K>



仕舞・土蜘蛛


  大江山酒呑童子のお話にも登場する源頼光。ある日原因不明の病気で床に伏せてしまいます。気も弱り元気のない頼光さんでした。
  ある夜、頼光の枕元に一人の僧が現れ「気分はどうか」などと尋ね、突然蜘蛛の糸を投げかけ頼光に襲いかかります。しかしそこはさすがの頼光さん。それまでは気弱なことを言っていても、すばやく枕元の膝丸という太刀で切りつけます。すると手ごたえがあったのか僧の姿は消えました。と、仕舞はここまでですが、実はこの僧は土蜘蛛という化け物で、頼光の病気も土蜘蛛の呪いが原因であったようです。そしてその後の土蜘蛛の運命はと言いますと、わざわざ頼光の寝床を襲っておきながらも失敗に終わりました。そうして自分の住み家へと戻った後も、頼光に仕える勇敢な武者に結局やっつけられてしまいます。なんともまぬけな妖怪さんでした。とは言うものの、仕舞の方は、この二人の緊迫したやりとりと迫力が見ものです。

<八期生 A.S>



附祝言・岩船


  本日は湖風祭公演「お能でポン☆」にお越し下さいましてありがとうございました。最後にこの謡を皆様にお贈りし、会の締めくくりとさせて頂きます

   金銀珠玉は振り満ちて
  
    山の如く津守の浦に
  
      君を守りの
  
  神は千代まで(さこ)うる御世とぞ
  
      なりにける

   
  岩船とは宝船のことです。その当時、日本の国政に大変満足した神様がご褒美を下さったのです。日本の国政に神様が満足していただける日が再びやってくると良いですね。がんばりましょう。

<八期生 A.S>